【感想】『ウエスト・サイド・ストーリー』 (2020年1月12日マチネ)

感想
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2020年最初の観劇は『ウエスト・サイド・ストーリー Season1』 (WSS) でした!

ステージアラウンドは箱としてあまり印象が良くなく、今回の『ウエスト・サイド・ストーリー』もあまり惹かれなかったため、チケットを購入せずにいました。
が、ご縁あり急遽観劇できることとなったため、千穐楽前日、ひとりで行って参りました。
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概要

作品名:『ウエスト・サイド・ストーリー Season1』
日時:2020年1月12日(日)12時30分開演
劇場:IHIステージアラウンド東京 (東京都江東区)
出演:蒼井翔太、笹本玲奈、三森すずこ、上山竜治、水田航生 他
上演時間:約2時間45分 (休憩20分あり)

感想

感性豊かだった中高生時代に出会いたかった作品はたくさんありますが、WSSは”中高生時代に出会っていたけど、大人になってから良さがわかる作品”だと思いました。

まずは箱としての、劇場の話

ステージアラウンド、久しぶりにやってきました。

名前の通り円形の劇場が客席を取り囲んでおり、シーンが変わると客席が回転して別のセットに移る…という仕組みです。

この劇場はロビーが狭かった覚えがあり、それは誤りでないことを確認。

ただ、構造が合理的だと初めて気づきました。

お化粧室が2階にある、というか2階にはお化粧室しかないというのが最たる例。

たいていの劇場 (特に帝国劇場…) のお化粧室は、開演直前と休憩中に長蛇の列ができます。

ここもその通りなのですが、2階と階段に並ばせることができるため、1階ロビーが狭くとも大混雑しないんです。

ちょっと感動すら覚えました。

おかげさまで1階ロビーでのんびりカレーパンを食べることができました。

あと同じく動線で感心したのが休憩に入るとき。

客席が回転するため、演出次第では休憩でロビーに出る際、同じ出口なのにロビーの違うところに出てしまうということが起きます。

これがなかった。

しかも2幕冒頭のアントラクト中に映像を流しつつ客席を回していたので、もしかしたら休憩時に最初と同じ位置にいたのは観客の混乱を避けるための気遣いかもしれないです。

あと、運営側が賢いと思ったのはこの張り紙。

たいていの劇場は再入場可なのでそれ自体に取り立てて言うことはないのですが、案内が掲示してあることは珍しいかと。

もぎり口のスタッフさんに「一度外に出てもいいですか?」と聞いてるお客さんがいて入口が混雑するという光景を見かけます

「出てもいいですか?」の質問や確認が「出ますね」の報告に変わるだけで、スタッフさんの負担もだいぶ変わってくる気がします。

客席はもう少し傾斜があったほうが前の人の頭が気にならないで済みそうです。

今まで前方席しか座ったことがないのですが、後方席のほうが酔わないことにも気が付きました。

開演は5分押し。これがデフォルトのようです。

特殊な構造のため、非常時の案内が丁寧です。でも非常時の案内スタッフが4人だけなのはちょっと不安。

さて本編

本編が始まると最初にスクリーンに映像でNYの街並みが映し出されます。

これは映画のオープニングを彷彿とさせました。

そして若者の闘争が日々起きていることを示す新聞記事も。これで舞台の背景説明が簡単にできている印象。

無理なのはわかっているけど、でももうちょっとしっかり読みたかったなー。

劇場がアトラクション的なのでディズニーランドにいる気分になりつつのスタート。

そして幕が開いたら(左右に動くスクリーンが幕代わりなので文字通り開閉)、まずリフが!

いきなり上山さんでちょっとびっくり。しかも喫煙中。

おそらくネオシーダーだと思うのですが、そういえばロビーには「喫煙シーンがございますが、無害な代替品を使用しております」みたいな注意書きの貼紙は見かけませんでした。

そういえば最初以外に喫煙シーンはありませんでしたね。

ダンスを観るだけで「この振り付け!ウエストだ!!きたきたきたきたきた」と興奮できるのがさすがすぎます。

全体的に「あれ、序盤で名曲名シーンを盛りだくさんにして大丈夫なのかな。後半飽きないかな」と思ったのですが、最後の最後まで全て名曲と名シーンでした。

名作であることを忘れてた。反省。

なお、私は劇団四季の35ステップス (1988年!) のCDを聴き慣れているため、当たり前ですが訳詞が違うことにいちいち驚いてました。どっちが良い悪いというものでもなかったかな。

翻訳という点では、最初にジェット団とシャーク団のことを、Jet’sとShark’sと呼んでいたのが印象的でした。

『WSS』は過去にあらゆる興行が上演してきましたが、あえて差異を…?と思ったら、直後に”エメラルド団”って言っていたので、あんまりこだわってないのかもしれません。

あ、あの当たり前なのですが、斎藤准一郎さんが出演してらして、冒頭から「あー洋一郎さんとそっくりだなー」と思いました。笑

全体的にアンサンブルさんはダンスやアクション能力がとっても高い!

その分歌唱力と滑舌には苦笑いをしてしまうところもありましたが、そこは上山竜治さんがしっかりと支えていたように思います。さすがリーダー。

上山さん演じるリフが歌う「Cool」を聴いたときは、会社で会議が白熱したときにこの曲流そうかなと思ってしまったほど(笑)

先ほど休憩時の動線について感心したと書いた通り、回転する劇場ですが、この作品において回転する意義はなかなか見出せず。

結局暗転的な間はありましたし…。

技術的に難しいとは思いますが、『アラジン』のようなフライングのある作品を上演したら感動できそうだなーと思ってます。

ただ、2幕終盤でやっとわかりました。

チノにマリアが殺されたという嘘を信じこんだトニーが、怒りのままチノを捜し回るシーン。

ぐるぐる回る舞台上を、感情をあらわにして歩いていくトニーを見て、このシーンを印象付けるために、わざと、あえて回転を活用していなかったのかと思いました。

ひとつだけ残念だったのは、回るがゆえ、トニーが動く距離が短くなってしまったこと。

ドクの店から公園まで歩くわけですが、最大で舞台一周弱の移動です。ちょっと短い。

トニーの感情を感じるきる前にチノと出会っちゃいました。

少し話を戻して。回転の意義について、もちろん本作品中にもバイクで舞台を一周するところとかありましたが。

この劇場を使う演出家はバイクを使いたがるものなのでしょうか。

間を持たせる意味でもバイクは便利だと思いますが、『WSS』の場合は、アメリカ人とプエルトリコ人の経済格差も示してるのかな。

個人的にはカーテンコールで回転がなかったことが不満です。あれが魅力だと思ってたのに。

あ、でも「Somewhere」も回転が印象的だったかも。

ここはセットなし。 舞台が回りながら、下手からダンサーたちが登場。

今までのセットとは全く違う雰囲気の照明と世界観。突然『パリのアメリカ人』が始まったのかと思った(笑)

でもこの他のシーンと浮いている感じが、ここが”理想郷”であることを強く感じました。

そうです!全体的に印象的だったのは照明。

マリアとトニーの「Tonight」と結婚式のシーンは、二人の影が背景に投影されており、二人だけの世界を示すと同時に不吉な未来を暗示しているようでした。

また、この二つのシーンを始めとして、全体的に『ロミオとジュリエット』らしさを感じました。

私の恩師が、「恋愛は全て一目惚れ。そのとき気づかなくても初めて会ったときに何か感じているはず」と主張していたのを思い出しました(笑)

マリア役の笹本玲奈さんは、マリアを演じるには成熟してしまっている印象でした。が、歌を聴くと、難しすぎて下手な役者さんでは絶対無理だと実感。

でもいつか笹本さんのアニタとかも観てみたいです。

蒼井翔太さんは初めて拝見。台詞を話し出した瞬間に、声優さんだな〜と思いました。もうちょっといろんな役を見てどんな俳優さんか知っていきたいと思います。

あとキャラクターでいうと、ベルナルド役の水田航生さんが意外でした。

私の中での彼のイメージは『マイ・フェア・レディ』だったので、歌唱力上がったな、と。笑

身長があるので役には似合っていました。でももう少しがっしりした体系の方のほうがベターなのかしら。

あとドク。メインキャスト唯一の大人。

勝手に不良少年たちに店を溜まり場にされて、喧嘩の打ち合わせに使われるとか気の毒。。

こういう”若者が感情を露わにする作品”では、ドクのような大人が出てくると少し安心します。『春のめざめ』とかもこれ。

あ、ドクのお店の看板にDrugって書いてあって、『ロミオとジュリエット』との繋がりに初めて気がつきました。

血と刃物が苦手な私は、1幕最後の決闘シーンは顔を覆いつつ観てしまうのですが、想像よりも迫力はなかったような?

(直前の「五重唱」も横幅いっぱい使っている割には圧がなかった。キャスト数の問題?)

上手寄りにあった柱のセットも観客的には邪魔。最後にトニーが体を支えるのに使っていて報われた感じ。

2幕は1幕と比べて短めで、ほんとあっという間に終わりました。

アントラクトは「I Feel Pretty」のみ。そのまま本編も「I Feel Pretty」から始まるので繋がりが綺麗。

この曲聴いて、やっとこの作品に明るいシーンが出てきた!とちょっと安心しました。

このシーンは昨今の笹本さんが演じてなかったきゃぴきゃぴ感。でも可愛い。

その後のベイビー・ジョンたちのシーン。「Gee, Officer Krupke」の曲です。

失礼ながらこの曲必要なのかな…とか思っちゃいました。

初演時に裏でセットでも変えるあったのかなとか邪推。『アラジン』の「High Adventure」や『FROZEN』の「Hygge」みたいな。

ベイビー・ジョンもほぼ役割がないので、そもそもこのキャラクターが必要なのかも見えず。クラリス (ジェット団に入りたがってる女の子) がいればベイビー・ジョンはいらない気もします。

そしてアニタがトニーに伝言を伝えに行ったドクの店のシーン。

私は、軽くでもレイプ表現のある作品が苦手です。『フランケンシュタイン』の2幕みたいな表現でも無理。

本作ですら辛かった。

あそこにリフがいたらみんなを止めていたのかな。

そしてそして最後の公園のシーン。

前述の通り、トニーが最後に辿り着いた”Somewhere”です。

マリアとトニー以外のキャストの衣裳も、作品の雰囲気を壊さない範囲で現代的な印象。

最後に世界中で起きた乱射事件の日付と地名がたくさん出てきますが、これは衣裳も相まり、「この物語は他人事ではなく、現代の話でもある」というメッセージを伝えようとしているのかと思いました。

友人は鎮魂という印象を受けたようですが、私はそれは全く感じず…。

あ、このシーン唯一残念というか冷めてしまったのがマリアの黒のベール。必要でした?公園に都合よくベールが落ちてるのもよくわからない。

ジェットとシャークの和解がないのは確か映画もそうだったような

現代との繋がり

現代との繋がりでいうと、今の日本とNYで上演する意義も特徴的かと。

今の日本というのは、浅利慶太氏とジャニー喜多川氏という日本のエンタメ界を作り上げた方たちが亡くなった直後ということ。

お二人ともWSSの来日公演で大きなインスピレーションを受けたと発言していたことがあります。WSSがなかったら日本のパフォーマンス文化の成長は遅かったかもしれません。

お二人がいなくなってしまった今上演されることにも意義を見出せるかと。

NYのオフ・ブロードウェイ公演もそうです。トランプ政権になってから移民との対立のような人種問題が浮き彫りになっていますよね。まさしく現代のWSSが起きているかもしれません。

人種というと、肌の色の表現も衝撃でした。

プエルトリコ系のキャラクターも特にメイクでそれを表現することなく、全員が黄色人種らしさを残していました。衣裳の違いに注目しないとどちらがどの立場かわからないくらい。

最近は「黒人役に濃いファンデーションを塗らせないでください」みたいな運動をしていた人もいますが (「ヘアスプレー 」でしっけ?) 、私としてはそういうのはやりすぎだと思います。行き過ぎたポリコレだと思う。

黄色人種が演じるならメイクも衣裳のうちだし文化です。

石丸幹二さんが主演されていた『パレード』は、あえて肌を全て濃く塗らず、黒人以外が黒人を演じていることを一瞬で分かるようにしていました。こういうやり方がむしろ人種の尊重な気もします。

『レ・ミゼラブル』や『グレート・コメット』のように、黒人が白人を演じる事例も増えていますが、それとこれとは話が別で、むしろ表現の自由に逆行している印象しか受けませんでした。

『FROZEN』舞台版のオラフや『CATS』映画版のオールドデュトロノミーのように、元々男性の役を女性が演じる事例も出て来ています (もう少し前だと『ヘアスプレー』は男性が女性役を演じてますね) 。

こういうポリコレにも注目していきたいと思ったのでした。

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